今日もランクル日和

40代からはじめる素敵なランクル生活

うごめく思考

はてなブログのシステムは悩ましい。他ブログに比べて自由度が高く複雑で巧妙。多くのブログでもブロガー同士の交流はあるしスターや読者登録に似たシステムはある。しかしスターのように自由に何個も押すことができないしはてなブログほど数字を意識してしまうシステムは他にはないと思う。言い方を変えると他のブロガーの存在をこれほど意識するブログはない。はてなブログを徘徊して面白い記事を見つけると私はスターを押すのだがいつも何個押すか悩む。自分でもややこしくなるのでとりあえず個数の話は後だ。スターを押すとスターを返してくれることがある。いわゆる返報性の法則で私もこの心理に逆らうことができない。ブログ記事全体が面白い場合は読者登録するのだがこれも読者登録返しされることがある。私は面白いと思って読者登録しているので新着記事があれば必ず読むしたいてい面白いのでスターを押す。私が記事を更新すると相手にも通知が届くのでスター返しされる。同じジャンルならまだ良いが私の記事はランクルという一部の男子にしか受けない内容だから一般の人は面白くないだろう。はたまた片思いもよくある。面白いと思って読者登録して新着記事にスターを押し続けるがリアクションが全くない。そういうスタンスだと思っていたら他ブログにはスターも押してるしコメントも書いている。お返しスターがなくなったり片思いが判明したとき私はスターを押すことができなくなる。決して見返りを求めて押したスターではない。純粋に面白いと思ったから押したスターであるが相手にとっては良いことばかりではない。日本は察する文化。相手が負担に感じていたり切ない片思いあなたは気づかないときには読者登録を残したまま密かに更新記事を楽しむことにするのだ。もちろん私の勝手な想像だから本当のことはわからない。でも察するのである。私は基本的には受け身でありいただいたスターの数だけ返すようにしている。スターの数の基準は人それぞれだから合わせてしまうのだ。とはいえ毎回ポチポチ連打するのは面倒くさいので大量に押すことはなく1~5個の範囲で押している。回避しているようで数に囚われている。先日はてなブログシステムの数字に囚われ数字を持つ者に嫉妬し自分に陶酔しているブロガーを見た。私はそこまで熱くなれるほど若くはないが気持ちは痛いほど分かる。現実世界のヒエラルキー争いに疲れドロップアウトしインターネットに新天地も求めにきたのに結局ヒエラルキーよる支配から逃れられないのだ。そりゃ絶望するだろう。私のような底辺であるほど上を意識するのは現実世界と変わらない。他のブログでは数字が見えないだけではてなブログは数字を利用することで野心を増幅させる。ところでその熱いブロガーの読者登録はしていないしスターも押さなかった。そうか。そうなんだな。文章は理路整然としていても暑苦しく面倒くさいんだな。大なり小なり私も同じだろう。スターをバラ撒きコピペコメントを書き込みながらはてなブログを駆け巡ればある程度は数字が増えるのだと思う。しかしそのような営業努力だけは無い気がするのだ。人が集まる人には壁がない。あるかもしれないけど見えない。私の回りには鉄条網が張り巡らせてありところどころ地雷が見え隠れしている。文章を磨くよりも地雷撤去したほうが数字を増やせるのだろうけど、その数字を意識すると地雷が増えるというパラドックスを抱えている。ああ鬱陶しい。いっそのことスターや読者登録やはてブを捨ててしまえば良いのだ。そうすれば悩むこともなく文章に専念できるはずだ。いや多分寂しくてたまらなくなる気がする。そもそも人との交流を求めバズる可能性の高いはてなブログを選択した意味もなくなる。こんなオジサンになっても青臭いことをうだうだと考えているのだ。情けないけどこれが私であり死ぬまで考え続けるのだろう。はああ。